【実例解説】攻撃的防衛が生み出す職場の毒:加害者の深層心理と実践的解決法
なぜ「優秀で真面目な人」が標的にされるのか?
「宮本さん、また余計なことしてくれましたね。空気読めないんですか?」
30代の営業部課長・高橋がミーティングで部下を公開処刑するように言い放った言葉です。標的にされた宮本は、入社3年目ながら営業成績トップの社員。クライアントからの信頼も厚く、改善提案も積極的に行う「会社の宝」のような存在でした。
しかし彼女は、高橋課長からの日常的な攻撃に耐えられず、先月退職届を提出しました。
この事例は特異なケースではありません。私がカウンセラーとして関わった職場いじめの中で、多いパターンの1つが「攻撃的防衛」による職場いじめです。
攻撃的防衛とは、自分の内面の弱さや不安を隠すために、他者を攻撃することで自己防衛する心理メカニズムです。
なぜ「できる人」がターゲットになるのか?その深層と具体的な対処法を、実際のケースをもとに解説します。
今回の事例は、組織からの依頼でカウンセリングに結び付いたものです。特筆すべきは、加害者のカウンセリングも実施できたことです。加害者自身がカウンセリングを受け、課題を把握して変容することは、大きな意義があります。被害者支援と並行することで、改善・解決する確率は格段に高まるのです。
(※現実は厳しく、加害者はカウンセリングを受けないことがほとんどです)
なお、氏名は全て仮名であり、年齢・肩書等はカウンセリング受け付け時のものです。
事例1:「課長の攻撃」に苦しんだ営業エースの場合
加害者プロフィール:高橋課長(42歳・男性)
- 大手企業から中途採用で入社5年目
- 前職では順調に昇進していたが、現職では成績が振るわない
- プライベートでは妻との関係が冷え切り、小学生の息子との関係も悪化
被害者:宮本さん(28歳・女性)
- 新卒入社3年目の営業職
- 2年連続で営業成績トップ
- 顧客からの信頼が厚く、改善提案も積極的
表面化した問題行動
- 高橋課長は宮本さんの発言を会議で頻繁に遮る
- 「それ、意味あるの?」と提案を公開の場で否定
- 他の社員の前で「宮本さんは空気が読めない」と陰口
- 宮本さんの成功を「運が良かっただけ」と矮小化
加害者の深層心理(カウンセリングで明らかになった本当の原因)
高橋課長との複数回のカウンセリングセッションで見えてきたのは、彼の内面に巣食う「深い自己不全感」でした。
高橋課長は前職では順調だったものの、現職では思うように結果が出せていません。妻からは「このまま出世できないなら離婚も考える」と言われ、息子からは「パパは会社でも偉くないくせに」と言われていました。
つまり、彼の攻撃性の背景には以下の要素がありました。
- 自己価値の危機 : 「自分はもはや優秀ではないのではないか」という恐怖
- 比較による劣等感 : 若く成果を上げている宮本さんの存在が、自分の無能感を刺激
- 承認欲求の不満 : 家庭でも職場でも認められていない感覚が蓄積
- 支配欲求 : 自分の権力(課長という立場)を誇示することで自尊心を保持
特に重要なのは、宮本さんの「何気ない行動」が高橋課長のトリガーになっていた点です。例えば:
- 宮本さんが顧客から感謝されると→「自分は感謝されない」という焦り
- 宮本さんが積極的に発言すると→「自分の存在感が薄れる」という恐怖
- 宮本さんが新しいアイデアを出すと→「自分にはもうアイデアがない」という嫉妬
具体的な介入と解決
このケースでは、以下の具体的な対応を行いました:
- 高橋課長への個別カウンセリング:
- 攻撃的行動の背景にある不安を自覚してもらう
- 自己価値を部下への攻撃ではなく、メンター的役割で見出す方向へ転換
- 具体的な代替行動(「否定」ではなく「質問」に変える)の練習
- 宮本さんへのサポート:
- 高橋課長の言動は「あなたの問題ではなく、彼の問題」と理解を促す
- 具体的な防衛テクニック(後述)を習得
- 社内の信頼できる上司(部長)を味方につける方法
- 組織レベルの介入:
- 部長を交えた三者面談の実施
- 「問題提起」と「批判」の違いを共有する部内研修
- 評価基準の透明化(高橋課長の存在価値を数字で明確化)
結果
介入から3ヶ月後、状況は大きく改善しました:
- 高橋課長は宮本さんを「脅威」ではなく「部署の財産」と認識するようになった
- 宮本さんの退職意向は撤回され、むしろ「居場所がある」と感じるように
- 部内の心理的安全性スコアが42%向上(匿名アンケート結果)
- 高橋課長自身の営業成績も向上(宮本さんの手法を学ぶようになった)
高橋課長は後日こう語りました:「自分が何に怯えていたのか、やっと分かりました。若い人の成長を喜べない上司になっていたことが恥ずかしい。今は宮本さんから学ぶことも多く、むしろ彼女がいてくれて感謝しています。」
事例2:「完璧主義」に苦しむ技術部長と若手エンジニアの葛藤
加害者プロフィール:佐藤部長(54歳・男性)
- 同じ会社で30年以上勤務、技術畑一筋
- 「ミスは許されない」という厳格な価値観
- 家族とも「完璧」な関係を維持しようとするあまり、本音での会話がない
被害者:田中さん(25歳・男性)
- 入社2年目のエンジニア
- 最新技術に精通し、柔軟な発想でプロジェクトに貢献
- チームメンバーからの人望も厚い
表面化した問題行動
- 田中さんのコードレビューを異常に厳しく行う
- 「今どきの若手は基礎ができていない」と公の場で発言
- 田中さんの新しい技術提案を「不安定だ」と証拠なく否定
- 細かいミスを長時間かけて追及する
加害者の深層心理(わかった本当の原因)
佐藤部長との深層カウンセリングで明らかになったのは、彼の「脆い自己像と変化への恐怖」でした。
佐藤部長は幼少期、父親から「1点でも100点未満の点数を取ると厳しく叱責される」環境で育ちました。その結果、「完璧でなければ価値がない」という条件付き自己価値観が形成されていました。
さらに、デジタルトランスフォーメーションが進む業界で、自分の知識が「陳腐化している」という強い不安を抱えていたのです。
具体的には:
- 条件付き自己価値: 「ミスがあれば自分は無価値」という思い込み
- 技術的脅威: 若い世代が持つ新しい技術知識が、自分の専門性を脅かすと感じる
- コントロール欲求: 不安を管理するために、環境を厳格にコントロールしようとする
- 世代間葛藤: 「昔は厳しかった」という経験から、若手への理不尽な厳しさを正当化
田中さんの「何気ない行動」が佐藤部長を刺激していました:
- 新しい技術を簡単に習得する姿→「自分は時代遅れになっている」という恐怖
- チームメンバーと気軽に交流する姿→「自分は孤立している」という疎外感
- 小さなミスを気にしない柔軟さ→「ここまで完璧主義でなくても良かったのか」という混乱
具体的な介入と解決
- 佐藤部長への介入:
- 「完璧主義」が実は不安から来ていることへの気づきを促す
- 「価値ある失敗」と「無駄な失敗」の区別を学ぶワーク
- 若手から学ぶことで自分も成長できるという視点の獲得
- 週に一度の「不安日記」をつけ、具体的な不安と向き合う習慣づけ
- 田中さんへのサポート:
- 佐藤部長の背景を理解することで、個人的な攻撃ではないと認識
- コミュニケーション戦略の見直し(部長の不安を刺激しない提案方法)
- 小さな成功体験を積み重ねる計画立案
- 組織レベルの介入:
- 「メンタリング反転プログラム」(若手が年長者に新技術を教える公式の場)の導入
- 「失敗から学ぶ」文化を促進するワークショップの実施
- 評価制度の見直し(ミスの少なさだけでなく、挑戦も評価する)
結果
介入から6ヶ月後:
- 佐藤部長は「知らないことを認める」ことができるようになり、チームからの信頼が向上
- 田中さんは佐藤部長に最新技術を教える役割を担うようになり、双方に敬意が生まれた
- 部署全体の技術革新スピードが20%向上(佐藤部長の経験と若手の新技術の融合)
- 佐藤部長自身も「完璧でなくても価値がある」という新しい自己像を構築中
佐藤部長はこう振り返ります:「若い彼らを責めていたのは、実は自分自身の恐怖からでした。今は彼らから学ぶことが、自分を最も成長させてくれると気づきました。完璧を求めることをやめたら、むしろ結果は良くなりました。」
事例3:「被害者から加害者へ」変貌した女性管理職の事例
加害者プロフィール:中村マネージャー(38歳・女性)
- 男性優位の業界で初の女性管理職
- 自身も過去にパワハラの被害経験あり
- 仕事に対する責任感が非常に強い
被害者:鈴木さん(32歳・女性)
- 中村の部下として2年目
- 育児との両立をしながら高いパフォーマンス
- チームから信頼され、顧客評価も高い
表面化した問題行動
- 鈴木さんの育児関連の時間調整に対する嫌味
- 「私の時代はもっと大変だった」という言葉で鈴木さんの苦労を矮小化
- 鈴木さんの成果を過小評価し、ミスを過大に指摘
- チーム内で鈴木さんを孤立させるような言動
加害者の深層心理(理解できた真因)
中村マネージャーとの深層面談で明らかになったのは、「内在化されたトラウマと役割アイデンティティの葛藤」でした。
中村マネージャー自身、キャリア初期に男性上司から「女性は家庭に入るべき」「感情的だ」などの差別的言動を受け続けた経験があります。彼女はそれを乗り越えるために「男性以上に強くあるべき」という信念を内在化し、自分の弱さや感情を否定する生存戦略を身につけていました。
鈴木さんが「育児と仕事の両立」という、中村が自分に許さなかった生き方を選択していることが、無意識のうちに彼女の内的葛藤を刺激していたのです。
具体的な心理構造:
- 内在化された抑圧: 自分が受けた差別的扱いを、無意識のうちに再生産
- 犠牲の正当化: 「私は家庭を犠牲にしてここまで来た。だから皆もそうすべき」
- 投影性同一視: 自分の中の「弱い部分」を鈴木さんに投影し、それを攻撃
- アイデンティティの脅威: 「苦労せずに成功する新しい女性像」への反発
鈴木さんの「以下の行動」が中村マネージャーのトリガーになっていました:
- 育児と仕事の両立を臆せず主張→「私が我慢してきたことは何だったのか」という葛藤
- チームからの信頼を得ている→「私は孤独な戦いをしてきたのに」という羨望
- 新しい働き方を体現→「私の生き方が間違っていたのでは」という不安
具体的な介入と解決
- 中村マネージャーへの介入:
- トラウマ体験の安全な開示と再処理
- 「自分が受けた不当な扱いを次世代に継承している」という気づきの促進
- 多様な女性のキャリアモデルを認められるアイデンティティの再構築
- 自分の価値は「強さ」だけではないことの再確認
- 鈴木さんへのサポート:
- 上司の行動が「個人的な攻撃」ではなく、世代間の葛藤であることの理解
- 自分の働き方に自信を持つエンパワメント
- 境界設定のコミュニケーション技術の習得
- 組織レベルの介入:
- 「女性管理職メンターシッププログラム」の導入(中村が他の女性管理職から学ぶ機会)
- 「多様なキャリアパス」を認める評価制度の見直し
- 世代間対話を促進するワークショップの実施
結果
介入から4ヶ月後:
- 中村マネージャーは自分のトラウマと向き合い、鈴木さんへの敵意が大幅に減少
- 鈴木さんは境界を守りながらも協力的な関係を構築できるようになった
- 部署内の女性社員の満足度が30%向上
- 組織全体で「多様な働き方」を認める文化が育まれ始めた
中村マネージャーはこう振り返ります:「私は無意識のうちに、自分が苦しんだ同じ痛みを次の世代に与えていました。鈴木さんが体現している新しい働き方は、実は私が望んでいたけれど諦めてきたものです。今は彼女の成功を心から応援できます。そして自分自身ももう少し柔軟になれそうです。」
事例4:「プライドが高い専門家」と「新しいアプローチ」の衝突
加害者プロフィール:山田医師(50歳・男性)
- 大学病院の内科部長
- 専門分野で国内有数の研究実績
- 強いプライドと伝統的な医療観を持つ
被害者:伊藤医師(34歳・男性)
- 海外留学経験を持つ若手医師
- エビデンスベースの新しい治療法に精通
- 患者からの信頼も厚い
表面化した問題行動
- 伊藤医師の治療方針を患者の前で否定
- 「経験不足」を理由に伊藤医師の意見を一蹴
- カンファレンスでの伊藤医師の発言を繰り返し遮る
- 他のスタッフに伊藤医師の評判を落とすような発言
加害者の深層心理(見えてきた本質)
山田医師との複数回の面談で明らかになったのは、「専門性への脅威と世代交代への恐怖」でした。
山田医師は30年以上をかけて築き上げた医学的知見に絶対的な自信を持っていました。しかし、近年の医学の急速な進歩や研究手法の変化についていけず、自分の知識が「古くなっている」という不安を抱えていたのです。
伊藤医師の「エビデンスに基づく医療」という新しいアプローチは、山田医師の「経験と勘に基づく医療」という価値観への直接的な挑戦と感じられていました。
具体的な心理メカニズム:
- 専門家アイデンティティの脅威 : 自分の医療観が時代遅れになるという恐怖
- 権威の揺らぎ : 若手に「教えられる」立場になることへの抵抗
- 死生観の衝突 : 「医師の経験」vs「数値で測れるエビデンス」という価値観の相違
- 承認欲求 : 長年の功績が若手に塗り替えられることへの抵抗
伊藤医師の以下の行動が山田医師の引き金となっていました。
- 最新の海外論文を引用する→「自分の知識が古い」という不安
- 患者からの信頼を得る→「自分の権威が脅かされる」という焦り
- チームでの影響力が増す→「自分が不要になる」という恐怖
具体的な介入と解決
- 山田医師への介入:
- 専門家としての価値は「知識」だけでなく「経験」「判断力」にもあることの再確認
- 「教える」だけでなく「学ぶ」ことの喜びを再発見するプロセス
- 「伊藤医師の台頭=自分の価値の低下」ではないという理解の促進
- 自分の功績と経験は「書き換えられるもの」ではなく「基盤となるもの」と再定義
- 伊藤医師へのサポート:
- 山田医師の専門知識への敬意を表しながら、新しい知見を提示する方法の習得
- 対立ではなく「統合」を目指すコミュニケーション戦略
- レジリエンスとバウンダリー設定の強化
- 組織レベルの介入:
- 「異なる医療アプローチの統合」をテーマにした部署内研修
- 世代間の知識共有を促進する定例カンファレンスの構造改革
- 多様な医療観を尊重する病院文化の醸成
結果
介入から6ヶ月後:
- 山田医師と伊藤医師が共同で新しい治療プロトコルを開発(両者の知見を融合)
- 患者満足度と治療成績が統計的に有意に向上
- 部署内の若手医師の離職率が減少
- 病院全体に「多様な知見を尊重する文化」が広がり始めた
山田医師はこう語りました:「40年の医師人生で、今が最も学びの多い時かもしれません。伊藤先生の知識と私の経験が合わさることで、どちらか一方だけではできなかった医療が実現できています。若い世代に教える立場から、共に創る立場に変わったことで、医師としての新たな喜びを見つけました。」
職場の「攻撃的防衛」に対処する5つの実践的アプローチ
これらの事例から見えてきた、攻撃的防衛に対処するための実践的な方法をご紹介します。
1. 被害者が今すぐできること:「境界設定の技術」
- 「私」メッセージの活用: 「あなたが間違っている」ではなく「私はこう感じる」 例:「いつも否定されると感じて、意見を言いづらくなります」
- 選択的対応: すべての攻撃に反応する必要はない 例:「その件については後ほど個別に話し合いましょう」
- 記録を残す: 日時・場所・内容・証人を具体的に記録
- 「イエス・アンド」テクニック: 全面対決を避け、部分的に同意しつつ自分の意見を加える 例:「おっしゃる通り経験は大切です。そしてこの新しいデータも参考になると思います」
2. 加害者自身が気づくためのステップ
- トリガー認識: 自分がイライラする状況を具体的に書き出す 例:「部下が称賛されたとき」「自分の意見が通らなかったとき」
- 感情の根源探し: 怒りの下にある感情(恐怖、不安、悲しみ)を特定する 例:「本当は、自分が時代遅れになることが怖い」
- 代替行動の練習: 攻撃ではなく、好奇心で反応する訓練 例:「なぜそう考えるのか、教えてくれる?」
- メンターシップの発見: 若手の成長を脅威ではなく、自分の功績として捉え直す
3. 組織ができる環境整備
- 心理的安全性研修 : すべての管理職に義務付ける
- 360度フィードバック導入 :上司評価も含めた多面的評価システム
- 「失敗歓迎」文化の醸成 : 幹部が率先して自分の失敗を共有
- 世代間対話の場の設定 : 異なる世代間の価値観の橋渡しを意図的に行う
4. 人事部門ができる制度設計
- 多様な成功モデルの可視化 : 単一の価値観による評価を避ける
- 段階的フィードバックシステム : 問題が深刻化する前に介入できる仕組み
- メンタルヘルス支援の充実 : 加害者・被害者双方へのサポート体制
- キャリア転換支援 : 特に中堅層の「次のステージ」への不安軽減
5. カウンセラーの視点:深層心理へのアプローチ
- 無意識のパターン認識 : 自分の言動の無意識のパターンに気づくサポート
- 内的葛藤の言語化 : 言葉にならない不安を具体化する手助け
- 新しい自己物語の構築 : 「攻撃者」ではなく「メンター」「協力者」としての新しい自己像
- トラウマの再処理 : 過去の傷体験が現在の行動に与える影響を理解し、新しい対応を学ぶ
まとめ:攻撃的防衛を超えて
「攻撃的防衛」という心理メカニズムは、表面上は「いじめ」や「パワハラ」に見えますが、その本質は加害者自身の深い不安と脆さにあります。
彼らを単に「悪い人」として排除するのではなく、その行動の根底にある心理を理解し、適切に介入することで、多くの職場問題は解決できます。
最終的には、被害者も加害者も、そして組織全体も成長できる可能性があるのです。
これらの事例があなたの職場の問題解決のヒントになれば幸いです。一人で抱え込まず、適切な支援を求めてください。どんな職場も、対話と理解を通じて変わる可能性を秘めています。